ナニヨム・ザ・ワールド

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パンテオン:教会、霊廟、または革命の記念碑 ― 近代フランスを映す多面体 

カルティエ・ラタンの丘の上に突然あらわれるパンテオン(Panthéon)。古代ギリシャ神殿を思わせる列柱と、円筒型の建物上階、そして巨大なドームが目を引きます。

 

その圧倒的な外観に吸い寄せられるように中へ入り、内部を歩けば、そこにはゴシック教会を思わせる高さと光に満ちた空間が広がっています。

 

厳かな宗教的装飾が施されるなか、ドームの真下には巨大な振り子が揺れ、フランス革命を記念する碑が建てられています。そして地下墓所(クリプト)には、国家の偉人たちの墓がずらりと並んでいます。

 

ここで、ある不思議な感覚に包まれます。「いったいこれは何の建物なのだろう?」ーー。それは見学中だけでなく、旅を終えたあとも心に残り続ける感覚です。

 

パンテオンの特徴は、その“多面性”にこそあります。

 

この建物は、時代ごとに社会を映す鏡のように、その役割を変えてきたのです。


キリスト教と王権と理性

以前、ローマのパンテオンについて記事を書きました。偶然というべきか、その時も「何の建物だろう?」と戸惑ったという話をしました。

 

nani-yomu.hatenablog.com

 

とはいえ、紀元前に完成したローマのパンテオンほど、パリのパンテオンは古い建物ではありません。

 

建設が始まったのは18世紀末のこと。国王ルイ15世(Louis XV)が病気から回復したことを祝うため、パリの守護聖人サント・ジュヌヴィエーヴに捧げるカトリック教会の建設が決定したのが始まりでした。

 

「宗教」と「王権」とが深く結びついていた時代だからこそ、「神に祝福される王」というイメージを提示することはきわめて重要だったのです。

 

一方で、デザインされた外観には、ギリシャ建築のような“異教的”なモチーフも色濃く見られます。

 

これは18世紀のヨーロッパで流行した「新古典主義」と呼ばれる潮流によるものです。啓蒙思想の広がりとともに「理性」への志向が強まり、理想の美学として古代ギリシャ・ローマ的な要素が取り入れられました。

 

キリスト教と王権、そして理性。つまりパンテオンは、完成前からすでに多様な価値観をその身に内包していた建築でもあったといえます。


フランス革命の光と影

果たして、完成した瞬間に時代が大きく変わります。18世紀末にパンテオンが完成したとき、パリではすでにフランス革命が成就されつつありました。

 

王政を廃止し、共和政を宣言した革命政府は、「王と神」の象徴だったこの教会から宗教性を剥ぎ取り、「国家の偉人たちを祀る場所」へとその意味を書き換えていきます。

 

その象徴ともいえるのが、内部に設置された「国民公会(Convention nationale)」の群像です。「市民」を政治の中心に据えた国民公会は、まさに革命精神の象徴でした。

その碑には、こう刻まれています。

 

「自由に生きよ、さもなくば死を」

 

しかし、この“自由”を掲げた革命は、やがて強烈な暴力性を帯びていくことになります。

急進派であるジャコバン派(山岳派)が主導権を握り、ロベスピエールによる恐怖政治へと突き進んでいったのです。自由と平等を掲げた革命が、皮肉にも大量の処刑と暴力を生み出していく。

 

この革命そのものが持つ“両義性”は、パンテオンの運命にも重なっていきます。


時代に揺れ動いた歴史

19世紀に入ると、フランスはさらに激しく揺れ動きます。 ナポレオン・ボナパルト(Napoleon Bonaparte)の時代、王政復古、共和政、そしてナポレオン3世(Napoleon III)の台頭。

 

政権が変わるたびに、パンテオンは「教会」になったり、「偉人の殿堂」になったりと、その役割を何度も変更されることになります。

 

そして1885年、『レ・ミゼラブル』を著した文豪ヴィクトル・ユゴーの埋葬をきっかけに、現在の姿である「フランスの偉人たちが眠る国立霊廟」としてようやく定着していきました。

 

ここに埋葬されている偉人として、文学者ではユゴーのほか、エミール・ゾラ、アレクサンドル・デュマらが名を連ねています。

 

また、啓蒙思想の二大巨頭であるヴォルテール(Voltaire)とジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau)も眠っています。生前は思想的に激しく対立していた二人ですが、現在は地下で向かい合うように配置され、静かな“再会”を果たしています。

 

さらに、近代の精神そのものでもある「科学」を象徴する人物として、マリー・キュリー(Marie Curie)も埋葬されています。彼女は、自らの功績によって女性として初めてパンテオンに祀られた人物でもあります。


科学的合理主義の証明

パンテオンが見せる科学的合理主義の思想を、最も端的に表しているのが、中央に吊るされた巨大な「フーコーの振り子」です。

 

1851年、物理学者レオン・フーコー(Léon Foucault)は、この高いドーム空間を利用し、「地球が自転していること」を視覚的に証明しました。

 

振り子そのものは、常に同じ方向に揺れ続けようとします。しかし時間が経つにつれ、地球の自転によって、床の目盛りとの位置関係が少しずつずれていく。動いているのは振り子ではなく、私たちが立っている地球のほうだった――。左右対称の壮麗な空間のなかで、その宇宙の真実が劇的に示されたのです。

 

興味深いことに、この実験が行われた1851年当時、パンテオンは政権の都合で再び「教会」に戻されていました。宗教施設の内部で、「地球が動いている」という科学的真理を証明する。それはどこかアイロニックな光景かもしれません。


パリの街を見渡して

教会として生まれ、革命によって役割を書き換えられ、偉人たちの眠る霊廟となり、科学実験の舞台にもなったパンテオン。まるでフーコーの振り子のように、この建築もまた、時代ごとの価値観のあいだを揺れ動いてきました。

 

丘の上の最上部にある展望台から、ノートルダム大聖堂(Notre-Dame de Paris)、エッフェル塔(Eiffel Tower)、サクレ・クール寺院(Sacré-Cœur)など、パリの街を360度見渡してみると、フランスの歴史や近代の激動、そして人間の営みとは関係なく、刻々と回り続けている地球の動きが、ふとリアルに実感できるかもしれません。